紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ

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(これから書くことは全てフィクションです)

 

夕方。

 

母には出かける際に『遅くなるから夕食はいらない』と言っておいた。『遅くなる』とは言っても、8時過ぎには家に戻る。父の体が不自由になって以来、いつのまにか自分の中にできたルールのようなものだ。バイクは、ほぼ冬眠状態と言っていい。この時季は、どうしてもクルマで走る機会が多くなる。今年は、秋から地元でクマが頻繁に出没しているが、どうしても走りやすい夜にクルマを出してしまう。

 

 そろそろ帰宅ラッシュが始まろうという国道から脇道へと入る。前にはタンクローリーが1台。いつもなら抜くに抜けないので、イライラするところだが、タンクローリーはセダン並みのハイペースで細い山道を駆け抜けていく。ややもすると、こちらが置いていかれそうになるスピードだ。

通常、危険物の輸送にはルートが決まっている。それも、安全を考慮して、幹線道路などのできるだけ大きな道路が輸送ルートには選ばれる。こんな山の中をふつうは走らない。おそらくは、タンクの中は空だ。いくら中に仕切りがあるとはいえ、不安定な液体の中身がある状態でこんな運転はできない。

『それにしても速いな』

タンクの後ろにはカメラがついている。こちらが後ろを走っていることもドライバーは気がついているだろう。わずかのストレートも見逃さず、その都度瞬時にタンクローリーはペースを上げる。ヘアピンカーブも過ぎて、トンネルを抜けると、あとは下りになる。さすがに尾灯が赤く点く回数は増えたものの、タンクローリーはほぼ変わらないスピードで下っていく。

 

中締め切ったままの野菜販売所の自販機の前で休憩を取る。この先は人家が増える。さっきのように、前方の視界を塞がれた状態で走り続けることは避けたほうがいい。携帯でいくつか通知をチェックし終えると、また道路へと戻った。

 簡易郵便局の角を曲がり、変電所から一車線半の長い坂を上り終えると、今度は長い下りが続く。慣れた道とはいえ、人家がまばらにある上に、所々は平坦なゆるいカーブを挟んでいる。この平坦なカーブが曲者で、夜には低い歩道との境界が判然としなくなる。対向車に注意しつつ、ほとんどハイビームのまま国道へ出る。

『ホットのMサイズを一つください』

『赤の5番のボタンを押してください』

コンビニの駐車場で全ての窓を全開にして、タバコに火をつける。愛用している靴墨の缶をリサイクル(?)した灰皿は、密閉性の高い蓋を締めれば一瞬で消火ができて都合がいい。禁煙中に購入した自分のクルマには、灰皿を模したコインケースが入っている。コンビニを出たあとの帰りの国道は、ずっと上りが続く。燃料計はすでに4分の1を切っていたが、セルフで給油するまでは保つだろう。

峠に入る直前の信号を過ぎると、すぐに登坂車線だ。前の2台のクルマは、すぐに左の車線に入った。間髪を容れずシフトダウンして、2台のクルマを追い抜く。すぐに、2台のうちの1台が、自分のクルマの後ろについた。(低く唸るエンジンと4灯のヘッドライトから)一旦は道を譲ったが、走り去る自分のクルマを横目で見て、追ってくるつもりになったらしい。相手は、ボクサーエンジンを積んだ四駆のステーションワゴンだ。

『面倒くせえ』

日常の買い物に使うような小型車に、エアロを取り付けただけの外観は、ときに他のドライバーから舐められる。ここを通ると、そんなドライバーに遭遇することはよくあることだ。煽ってくるのは、何もスポーツ走行に特化したクルマばかりとは限らない。最近は、家族を乗せて温泉に入りに来たようなミニバンが、ぴったりと張り付いてくることもある。

坂を上りきると、すぐに右へ曲がる急カーブだ。永遠とも思える長く大きなカーブは、陸橋になっている。

f:id:ghost_pain:20161224194826j:plain山間部の深い谷底から立つ陸橋には、太いステンレス製のパイプがカーブに沿う形で端から端まで何段にも渡してある。ふつう、欄干とは歩行者が手すりにしたりするものだが、昼間であっても、この峠を歩いている人間は一度も見たことがない。形としては欄干だが、実質的にはガードレールだ。直線の続く場所があまりないのに加え、道路にはカーブ毎にグルービングが縦に掘られている。道路全面に掘られた縦溝は、クルマを運転する際にも緊張するが、ここをバイクで走る者はそれ以上に嫌な汗をかくことになる。

 

ステアリングは同じ舵角を保持して、進入したスピードを落とすことなく陸橋の上を走り抜ける。陸橋を抜け出たあとは、一気に長いストレートを上り切る。二つほど大きなカーブを通り過ぎる頃には、相手はやる気が失せたのか、バックミラーからヘッドライトの光は消えていた。温泉に向かう脇道の手前のトンネルで前が詰まってきた。追いついて来たステーションワゴンは、自分のクルマと通常よりも広く車間距離を取っていた。

しばらくして、予想通りというべきか、ステーションワゴンはトンネルを抜けると、右の脇道へ入って行った。やはり、温泉客だったらしい。週末の土曜のこの時間帯は、日帰りで帰る客とこれから一泊しようという客で、温泉地周辺の道路は大渋滞を起こす。

『あれに巻き込まれると最悪だからな……』

トンネルを抜けると道は空いて、緩やかに下って行く。ここから先は、自分との勝負だ。