紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ

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海の見えるコンビニの駐車場で

国道9号線。白兎海岸の前にある、コンビニの駐車場。秋だった。

 

『こんなとこで何してるん?』

 

飲み終わったペットボトルを、備え付けのゴミ箱へ捨てている時だった。自分以外の誰かに声をかけているんだろうと思った。声のする方へ振り返り、何気なく見ると、目が合った。見た目が30代後半ぐらいの、綺麗な女性だった。

 

 『あのバイクに乗ってるの?』

 

目が合って尚も女性の方から自分に1歩間合いを詰めて来る。周囲を見渡しても、店の外には自分の他には誰もいない。彼女は、店の入り口から離れた場所に停めてある、俺のバイクを指差した。誰だ?俺の知り合いにこんな女いたか?

 

 『へーえ……バイクになんか乗るんだ』

 

彼女はそう言って微笑みながら、俺の着ているものを、しげしげと見た。その時初めて、今日の自分の服装を少し後悔した。

 

 

 

 

 

昨日は陽気が良く、長らく着ていない革のジャケット数点を引っ張り出して、メンテナンスやら、虫干しやらやっていた。

 その中には、今日着ているバトルスーツもあり、プロテクターの部分に白カビが生えていた。カビは中まで浸潤することなく、ウェットティッシュで拭くと簡単に落ちた。保護用のクリームを全体に薄く塗ると、何年ぶりかで袖を通してみた。オーダーであつらえたのだから当然だが、久しぶりに着てみても、しっくりくる。洗面所の鏡の前で、ジャケットの上から、お定まりのGベストも羽織って、自分の姿を眺めてみた。

 

 “いいんじゃねえか”

 

 今から思えば、俺も何を血迷ったのものか、今日は、そのバトルスーツを着て家を出てきてしまった。

 

 

 

 

『私のこと、分からない?』

 

 だから、お前は一体誰だよ?俺は、頭をフルに回転させて、昔の記憶を手繰り寄せようとしたが、全くだめだった。思い出せない。

 

 『しょうがない。教えてあげるか』

 

彼女はそう言って微笑むと、高校の同級生であることを、あっさり俺に告げた。

 

『卒業してから会うの、今日で2回めなんだよ?ほら、卒業してすぐぐらいに、電車で声かけたことあるの、覚えてない?私、S町だから、ちょうどあそこでいつも乗り降りするんよ』

 『ああ!』

 

そこまで言われて、思わず俺は感嘆の声を挙げた。やっと、彼女のことを思い出したのだ。確かに、彼女とは3年の時に同じクラスだった。在学中は、ろくに喋ったこともなかったが、彼女のことは(容姿端麗なこともあり)よく覚えていた。あの電車で会った時も、確かに今日のように彼女の方から声をかけてきた。物怖じしないところは、昔と少しも変わらない。

 

『オバさんになったから、分からないのも無理ないよねえ。私は、すぐに(俺のことを)わかったけど(笑)本当に変わらないよね、君は』

 

 確かに、あの電車で会った時と、彼女の面差しは多少変わっていて、こちらも失礼したが、劣化したとかいう意味ではない。第一、とてもアラフィフの年回りには見えない。昔も今も、美人であることには変わりなかった。高校を卒業してのちに、何人かの同級生の女子と会ったこともあるが、20代の半ばにも差し掛かれば、まるきり、様子が変わっていて分からないことなど、珍しくもない。

 

 『夢千代日記で有名な……ああ、知ってる?そう、あそこで住み込みで働いてるの』

 

但馬地方の某スキー場で、大学時代にバイトをしていた彼女は、同じバイト仲間だった鳥取出身の男性と結婚したが……しばらくして夫は亡くなった。残された小さい子供達を養うために、嫁ぎ先の地元でパートなどの職に就いていたが、それも雇用先の都合で解雇された。彼女は考えた挙句に、今の勤め先に就職することを決めた。週に一度の休み、家に帰るまでの子供の面倒は姑に頼んだ。今は子供達は就職して独立したが、接客の仕事が性分に合っていることもあり、彼女は引き続き、今の仕事を続けているらしい。

 

 『姑さんがね、まだ元気でおるんよ。もう、ほんまの親子みたいになってるんやわ』

 

 姑が生きている間は、今の生活を続けるつもりだが、将来的には、鳥取で住むつもりはないという。

 

 『(勤め先の)あっちの方が長いし、知り合いが多いしね』

 

 昨日も姑の顔を見に帰っていたそうだ。今日は、勤め先に帰る途中に寄ったコンビニで、俺を偶然に見かけて、つい声をかけたものらしい。それにしても、よく俺だと気がついたものだと感心せざるを得ない。いくら、俺の見た目が変わっていないからといっても、卒業から30年以上も経過している。

 

『バイク、ええね。私でも乗れるやろか?』

『乗れるよ。俺でも乗れてるんやから』

 

俺たちは、店の前からバイクのある場所まで移動した。彼女はバイクの周囲をぐるぐると歩きながら、“これはどこのメーカーのなんというバイクか?”“免許は大型が要るのか?”などと、俺を質問攻めにした。

 

 

 

 

『今からどこまで行くの?』

『とりあえず西へ行こうかなと、おもてるけど』

『そう……ほな、私そろそろ行くわ』

『うん』

 

話し込んでいるうちに、店の前には、彼女のクルマ1台だけになっていた。彼女は運転席に乗り込んで窓を開けると、そばに立って見送る俺に言った。

 

『このクルマ、私に似合わんやろ?』

『そんなことないよ』

『これマニュアルやねんで。一応、これでも四駆やねん』

 

俺は『知ってる』と言いかけた言葉を慌てて呑み込み、誤魔化すように彼女に笑って頷いた。

 

『ほなまたね』

 

彼女は最後にそう言って俺に微笑むと、愛車のR34*1でコンビニの駐車場を出て行った。

 

 

 

 

 

 

*1:日産・スカイラインGT-R(5代目 )BNR34型。1998年〜2002年製造。