万物流転
『おい。使い捨てライターってのは、使い切れるから、使い捨てライターじゃねえのか?まだこんなにガスが余ってるのに、もう火が着かねえよ』
『相変わらず理屈っぽいね、お前は(笑)…貸してみろ』
そう言って、奴は俺からライターを取り上げると、両掌(りょうてのひら)に挟んでこすり始めた。
『気温が下がってくると、ガス化しにくいからな。こうやって暖めてやると…ほら、点いた』
それにしても、この時節の倉庫の中は寒い。コンクリートの床は、しんしんと冷えるし、鉄骨を覆うスレートの隙間からは風が入ってくる。バイクを置いていなければ、いい年をした大人が、何を好き好んでこんな場所に長居などするものか。
俺は、ようやくタバコに火をつけ、人心地着くと、また一人でに愚痴をこぼしていた。
『昔の使い捨てのライターなんか、何もしなくても最後まで火がついたもんだぜ。それがどうだよ。俺が禁煙してる間に、100円ライター自体がなくなっちまったし。(タバコの値上げに合わせた)便乗値上げはいいが、使えるものを売って欲しいもんだわなあ。全く』
〝また始まったよ。こいつ〟とでも言いたげに、ニヤニヤしながら、奴は黙って俺の話を聞いている。
『ところでよ。あそこの、崖に行く手前のコンビニ。潰れちまってたわ』
『へえ?あそこがね…いつよ?潰れたの』
『先週の土曜な。久しぶりに行ってみたら、看板も何も外してな。完全に閉めてたわ』
俺たちが、〝崖〟と呼んでいるのは、海沿いの、幾重にも小さなカーブが続くワインディングのことで、コンビニは、ちょうどその崖の道へ入る手前にあった。
崖を走る前に、俺たちが決まって休憩を取るのが、その店だった。
『案外な。フランチャイズ変えて、しばらくすると、またやり始めたりするんじゃねえの?そういうとこ、最近多いぜ』
奴は、〝馴染みの場所がなくなったことなど、少しも意に介してない〟とでもいった風で、淡々としたものだった。
『それによ。あそこは、海水浴場の真ん前だし。冬は冬で、カニを食いに来る観光客乗せたバスも立ち寄るし。そう心配したもんでもねえと思うぜ』
奴はそう言うと、タバコの煙を、ふうっと勢いよく吐き出した。
栄枯盛衰、生者必滅。万物流転は世の習い。自分のバイクにしたところで、キャブを変え、足回りを変え、…元の姿に戻ることはない。俺自身が年をとるのに合わせて、俺のバイクも姿形を変えていく。永遠に変わらぬものなど、どこを探してもありはしない。
『本当に…世の中は万物流転の如しだな』
『万物流転?はは。〝ローリングストーン〟ってやつだな(笑)』*1
*1:彼個人の解釈です。