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どうしようもないこと

 

田舎の土埃に我慢ならない

神戸の伯母夫婦が、うちへ帰省の際は、伯父がクルマを運転して帰るのが常だった。伯父は、個人タクシーの運転手を生業にしていた。うちへ帰ってくるのも仕事で使っているタクシーだった。駐車スペースを確保するのも困難な都会暮らしにあっては、合理的に物を考えざるを得ない。

伯母は生来わがままな気質だった。うちへ帰ってくるのも事前の連絡はなく、母はいつも振り回されていた。突然に伯母は訪ねてきたとおもうと、父を連れ出して城崎に遊びに行き、数日帰って来ないこともあった。そういうわがままに付き合わされる身内は堪らない。何より、運転手代わりにされる伯父は、車中で伯母と口喧嘩を始めることもしばしばだったようだ。その日も、伯父は散々に伯母にあちこちへ引っ張り回されて帰ってきた。うちの庭で自分のクルマのボンネットを開けて、ブツブツと独り言を言い始めた。

『せやから田舎はイヤなんや。汚れの種類が違う。砂や土埃がひどい。帰ったらすぐ洗車やな』

職業柄、伯父は自分のクルマをいつも綺麗にしていた。神戸のような都会では排気ガスの汚れがほとんどだが、田舎はそれに加えて土埃がつく。伯父から言わせれば、エンジンルームに付着した土埃は、排気ガスの油分にへばりつくから、落とすのが厄介だというわけだ。伯父は、四国でもとりわけ田舎のほうの、うちのような田舎と比べても20年ぐらいはインフラの整備が遅れているような場所の出身だった。(伯母のわがままに辟易させられていたせいもあるだろうが)人間というものは変わっていくものだと、伯父の愚痴をそばで聞きながら、子供心にもおもったものだった。

 

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世の中には、できることとできないことがある。

圃場整備区域内の田畑に敷設されている道路は農道であるし、トラクターや重い多条植えの田植機を自走または搬入搬出させる必要から、アスファルト舗装がなされている。『農道なので一般の通行は遠慮してください』と看板が立てられている場所もあるが、犬の散歩をさせている人間を叱る農家はまずいない。併設の水路や排水路に糞をさせる飼い主もいるという話は、ときどき人伝いに聞きもする。

田舎の舗装路は、先に上げた農道から農免農道、広域農道と多岐にわたる。うちのすぐそばを通る片側一車線の道にしても、最初は農免農道として造られ、のちに広域農道へ格上げ(?)された。最初に道路を造られた際に投入された税金の種類にしても、一般の人間は知らないし、興味もないことだろう。だが、そうしたことから農家に対する誤解や無理解が生じてくるのも事実だ。

 役所に苦情の電話を入れる人間は、ジョギングや散歩をしていて靴が汚れるのが我慢がならないのか、それとも連れ帰った犬を洗うのが面倒なのか。(最近は室内飼いにしている家も多い)あるいは、車高を落としたクルマのオーナーが、バンパーやサイドステップのエアロパーツの底面を泥で擦ることにブチ切れたものか。

電話をしてきたのが、たった一人の人間だったとしても、再三再四ということになれば、役所もほかの業務に差し支える。この時期に田植えの準備をする農家のことは、役所も理解はしているし、苦情を言ってきた人間に説得もしただろう。だが、頑として聞き入れないとなれば、クレーマーのガス抜きのために放送せざるを得ない。

市役所の放送は、夕餉の支度をしている時間に流れる。あの日の放送は、田畑から帰った農家も聞いたことだろうが、長年に渡って耕作地を守ってきた彼らは意にも介さない。*1 他人から田んぼを預かることが多いご時世にあっては、耕作地から耕作地への長距離の移動*2は必須だ。積載車にトラクターやコンバインを載せて、遠方の耕作地へ移動する農家もいることはいるが、大抵の場合、農協の協力農家*3として登録されている大規模農家に限られる。比較的、家から耕作地が近い農家は、公道をトラクターで自走するのが普通だ。

 

一度、自分も新しく越してきた近隣住民から、夏の畦草刈りのことで直接に抗議をされたことがある。

『そんなもん(=畦草刈り)は、役所に頼んだらよろしいやないの!』

草刈り機(=刈り払い機)は、お世辞にも静かな機械とは言えない。しかし、とんでもない早朝や深夜に機械を稼働させているわけではない。それに、畦草が伸びれば、害虫(=主にはカメムシ)が雑草を伝って稲へ移動し、実が入る前の柔らかい籾を齧ってしまう。時々、うちで食べる新米の中に、一部が黒くなった米粒が混じることがある。黒い部分は、カメムシがかじった跡だ。農協へ出荷したコメは、その出来不出来により選別され、等級がつけられる。黒い米粒が混じっていれば、それだけで等級が下がる。一等米と二等米では買取の価格に大きな開きができる。これは、水稲を耕作する農家にとっては死活問題だ。

草が伸びることで、もう一つよくないのは、そこにマムシが隠れてしまうことだ。ヘビを含めた変温動物は、我々人間(=恒温動物)のように、自分の体温を一定に保つことができない。外気温の影響を受けて、体温が変化してしまう。マムシに限っていうと、風が強い日や、日が落ちて気温が下がると、叢に身を隠してしまう習性があるのだ。こうなると、農家だけの問題ではなく、非農家である近隣住民にも危険が及ぶ。どういう自然環境の変化かは知らないが、アオダイショウやシマヘビなどの類を、近年は滅多に見かけなくなった。いつの間にやら、うちでは、ヘビと言えば、マムシのことをを指すようになってしまった。

里道」と呼ばれる、最小単位の公道があるのをご存知の方はいるだろうか。定義に寄れば、『人間二人がお互いにすれ違うことができる幅の道』ということらしい。自分が役所に聞いた話では、『(今の単位に換算して)約90センチというところでしょうか』ということだった。分筆や合筆を繰り返しているうちに、現在では里道の多くが消滅している。とは言え、開発から免れた地方では、まだまだ探せば現存していたりする。かくいう、うちの農地にも里道がある。里道は、うちの農地の中にあり、他人が公道として利用することは事実上できない。

中には新道の開通で使われなくなったり、草木の進出や土砂崩れ等により通行不能になるなど、廃道状態のまま使われなくなった里道もあり、また、長年のあいだのうちに、山林や田畑、宅地の一部とされてしまっているものもある。2005年1月1日の時点で道路として機能していない里道については、2005年4月1日に一括で用途廃止された上で管理が財務省(各地方財務局)へ引き継がれた。なお、道路として機能していない建前なので、道路の実質的な維持管理は国は原則行わない(やはり周辺の住民任せ)ことになる。

里道 - Wikipedia

然るべき申請を行えば、うちへ所有権を移転させることは可能だが、(事実上、他人の侵入が考えられないことから)今のところ考えていない。昨年秋の地籍調査の際に、一応この里道の件をどうするか訊ねたところ、役所の返答は、『できたら(うちに)管理をお願いしたい』というものだった。簡単にいうと、これまで通りにうちが草刈りを行い、里道の世話をして欲しいということだ。

このような道路として機能していない里道は公図上すなわち登記上は国有財産となっているが、それを事実上占有している者が財産管理上必要とする場合には、国(財務省)から払い下げを受けるか[3]、または事実上の占有状態が10~20年を越え長年であれば公共用財産の取得時効を主張[4][5] することになろう。

里道 - Wikipedia

圃場整備などを未だ行われない、中山間地域の水田に至っては、里道が畦道を兼ねているような場所もあると聞く。実際、うちの里道も田んぼと田んぼの境の畦道に沿うように走っている。里道もそうだが、農免農道や広域農道に接している田んぼの畦の草刈りを、たとえ農家が頼んだとしても役所が行うことはない。

 

映画館にて

 年を追うごとに気が短くなるのは、ある程度は仕方のないことだと思うが、公共の場所で同年代や少し下の年配者を見ていると、たまに驚くことがある。

 

 最近、何年振りかで映画を観に行った。入場の時間も迫ってきて、定番のコーラとポップコーンを買おうと売店に並ぶ。自分の前には、小学生の男の子を連れた父親らしい男性がいて、その男性の前にも2組いた。

『お待ちのお客様、こちらへどうぞ』

こちらの列がなかなか進まないのを見越した、女性スタッフがフロアに向かって呼びかけた。自分の列から一人の若い男性が、先ほどの親子の前から彼女のレジの前へ移動した。自分もその男性のあとに付いて並ぶ。そして、その男性も早々に去り、自分が注文しようとした矢先のことだった。突然、

『わしは、さっきから並んどるんやぞ!どういうことやねん!』

大声を挙げたのは、先ほどの小学生を連れた、隣の列にいた中年男性だった。怒っている相手は、自分の注文を聞いてくれようとした女性スタッフだ。彼女は男性に向かって『申し訳ありません』とすぐに頭を下げた。そのやりとりの間に、激昂した男性の前に並んでいた客は、商品を受け取って立ち去った。男性は、憑き物が落ちたように(?)怒りを納めて、隣でオーダーをし始めた。それから、女性スタッフは、何事もなかったかのように自分の注文を聞いてくれた…。

 

映画の開始時間には、まだ間があった。入場口の横で、一人で食べるには量が多すぎる〝レギュラーサイズ〟のポップコーンを抱えながら、先ほどの男性の、理不尽というよりも不可解な行動について考えていた。

 

(それにしても、おかしいな。売店のおねえさんが呼びかけた声には、後ろにいた俺も気がついていたし。あのおっさんにも聞こえないはずはなかっただろうに。血圧が高いと難聴になる人間がいるというが、あのおっさんもその類だろうか?パッと見は同年輩くらいに見えたが、連れている子供の年齢からすると、俺よりもいくらか若いのか。おっさんの前にいた客は、確かに『どんな注文をしたんだろう?』というぐらい、俺から見ても長い時間がかかっていた。(おねえさんの声は聞こえていたが)おっさんが予想した以上に時間がかかったことにイライラして、当たり散らしたというのが本当のところじゃないか?)

 

一番かわいそうなのは、公共の場で他人に声を荒げている 父親の姿を目の当たりにした男の子だろう。春休み最後の楽しい思い出になるはずが、台無しにされたのだから。

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自分は、前から楽しみにしていた映画ということもあり、見終わって駐車場からクルマを出す頃には、あの男性のことなどはすっかり頭から消えていた。

 

 

ある日の早朝。母が新聞を取りに家の外に出ると、ジョギング姿の男性がうちの畑で脱糞していたことがあった。母が叫び声をあげると、男性は慌てて逃げて行ったらしいが、こういうことは、どこへ苦情を言ったら良いものだろう?

 

 

 

 

*1:うちの近所の農家は、自分を除いてほとんどが後期高齢者と呼ばれる年齢だ。

*2:トラクターは、小型特殊自動車に分類される。ナンバー登録をして公道の走行が可能。

*3:高齢化や人手不足で、自分の耕作地の面倒を見れなくなった農家に代わり、田植えや稲刈りを請け負う農家のこと。