紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ

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弟に父の死を知らせるタイミングを妹や母と相談した結果、葬儀*1を終えてからということになった。自分が弟を迎えに行く旨を、前もって施設へ電話を入れた際、『父の死については家族から本人に直接告げたいと思います。(外泊で家に連れて帰る理由について尋ねられた際は)「家の用事」ということにしておいてください』と、職員に念を押しておいた。

 

 

 

施設から家に到着して間も無く、弟は母から父の死を告げられた。というよりも、自分がトイレに行っている隙に、母に先を越されたというのが本当のところだ。弟の反応は、至極あっさりとしたものだった。取り乱したり、家族を責めることもなく、父の遺影の前で静かに手を合わせていた。

 

家族で昼食をとったあと、弟と二人で役所へ向かった。父の死後の手続きに関連して、弟の実印を印鑑登録する必要があったからだ。 印鑑登録に際して、顔写真付きの証明書が必要だが、弟は保険証しか持っていない。兄の自分が身分保証することで、それが可能になる。自分の〝印鑑登録カード〟を差し出したが、受け取る職員の態度がいつになく事務的で冷たい感じがした。職員が、しきりに弟の様子を伺いみるのも気になった。

 

(…お袋の誕生日。何年だ? 78って言ってたが、あれは数えで言ってたのかもしれんな。今日は、俺と弟の証明書だけにして、お袋のは月曜にもらうことにするか)

 

『親兄弟の誕生日もろくに覚えてないのか?』とでも言いたげな様子の職員の刺すような視線に自分が耐えている最中、弟が不意に口を開いた。

 

『お兄さん。大丈夫ですか?』*2

 

どうやら、彼なりに察したらしい。自分は、

 

『うん。大丈夫やで』

 

と努めて平静を装った。嫌な汗が自分の背中を伝うのを感じた。その夜、妹と電話で話した際、妹が家族全員の誕生日を覚えていたのには驚いた。言い訳になるが、うちは、他家のように家族の誕生日を祝う習慣自体がなかった。母は、(舅だった)祖父の命日に必ず線香を立てる*3が、自分の誕生日が過ぎても口にすることはない。うちのような家は、世間では少数派ということになるらしい。

 

 

 

 

弟が施設へ戻る日。

 

弟に新しい靴を買って店を出たあと、『本屋へ行きたい』と言うので、少し遠い本屋へ連れて行った。弟の記憶にある地元の本屋2軒のうちの1軒はすでに潰れ、残りの1軒は彼の欲求を満たすほどの種類の書籍を置いていない。

 

行きつけの本屋は、自分がかつて暮らしていた街にあり、自宅からクルマで小一時間ほどの距離だ。本屋に着くと駐車場はほぼ満杯だったが、運よく一台のクルマが出るところだった。入れ替わりに停めて、二人で店に入った。

 

父の状態が、ここ2年ほどで悪くなってからは、そこの本屋からは自然と足が遠退いていた。しばらく行かなくなった間に店は改装をしたらしく、コーヒーを頼むカウンターが新しく設置された店内は、週末ということもあって賑わっていた。

 

弟は文芸書のコーナーで単行本を一冊選び、支払いを済ませると早々に二人で店を出た。客も含めて店内の程よい無関心さが心地よく、(弟の外泊の時間に余裕があれば)もう少し長居してもよかったぐらいだ。

 

(都会はいい。適当に放っておいてくれる)

 

駐車場へ向かう途中、思わず独り言が口をついて出た。

 

 

 

 

*1:身内だけの家族葬で済ませた。

*2:弟が自分や家族に敬語で話す理由はよく分からない。もしかしたら、彼の中でそれが『大人というものだ』という認識になっているのかもしれない。

*3:月命日を含む。