読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ

最近は、まあまあ忙しいです。

従兄弟

 

『お前の親父に投げられたのがきっかけで、ワシは柔道を始めたんや。体育大学へ入学したのも、柔道をやるためやったんやで』

(補欠入学だったがな)

いつだったか、うちへ来た際に、従兄弟が俺に話したことがあった。問わず語りの従兄弟の話を、俺は聞くともなしに聞いていた。

 

神戸に住んでいた伯母は、勝手気ままを絵に描いたようなヒトだった。連絡もなしに、突然うちを訪ねてくるものだから、特に面倒を見ることになる母は振り回され通しだった。従兄弟も、伯母に倣って不遜な態度でうちの母に接するようなところがあり、はっきり言って好きではなかった。

 

父の上には三人の姉とすぐ上には兄がいた。伯母は父の三番目の姉にあたり、俺と従兄弟とはひと回り以上から年が離れていた。(俺の記憶にはないが)正月やお盆に伯母と一緒に帰省した際、うちの仏間などで父が従兄弟を相手に柔道の稽古をつけてやることがあったそうだ。父は、高校時代に黒帯を取っていた。小さい頃に、遊びの一環として父が弟と俺に足技をかけることはあったが、(受け身を上手く取れない俺たちが怪我をしないよう)父は襟首だけは掴んで離さなかったことは覚えている。

 

ずいぶんとあとになって、従兄弟との『稽古』について、父に聞いてみたことがあった。

『なあ親父よ。◯◯さんを仏間や口の間でよく投げ飛ばしてらしいけど、◯◯(弟)と俺は子供の頃に一度も親父に畳の上で投げられたことはないよな?』

尋ねられた父は一瞬笑みを浮かべると、

『お前らはワシの子供やからな。そんなことするわけないやろ』

と、至極当然のように答えた。

ここからは、俺の想像でしかない。もしかすると、父は父で、伯母の気ままな振る舞いに相当なストレスを受けていたのではないだろうか。それを、伯母の息子である従兄弟にこっそりぶつけていたのかもしれない。当時、傍目には甥と遊んでやる良い叔父さんに映っていたことだろう。父の告白を聞いて、『親父も大変だったんだな』と新ためておもった。

 

従兄弟は、大学卒業後に高校の体育教諭になった。何がきっかけで人生が決まるかわからないものだ。父がどういう気持ちで自分を畳の上で投げていたかは、従兄弟は未だに知らない。