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紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ

Slash Metal⚡ Garage

終活について考えてみた。

 一昨年の師走。母方の従兄弟が亡くなった。早朝、家の裏口が開いているのを不審に思った隣人が中へ入ってみると、すでに事切れている従兄弟を発見した。ここ数年、従兄弟は医療機関にも通った記録もなく、死因が分からないということで、大学病院で行政解剖*1ということになった。亡くなる直前に(スーパーに買い物に来ていた)従兄弟に会った人間が母ということで、警察から死ぬ前の様子を詳しく尋ねられた。

神戸の大学病院へ従兄弟の遺体を搬送するという前の晩、従兄弟の父方の親戚にあたる男*2から『葬儀の費用を出してくれ』と暗に打診された。彼は『預金通帳は(従兄弟の家で)見つけたが、すぐには自由に引き出せない』と、こちらが尋ねもしないことを口にした。ことさらにうちへ費用の立て替えを強要してくる親戚に不審なものを感じた。

母子家庭だった従兄弟に結婚歴はなく、伯母もすでに亡くなっていた。本来なら喪主を務めるはずの妻や子供も当然いない。自分は『(積極的に関わるつもりはないが)葬儀には参列させてもらう』と答えた。母方の親戚からは『身内として近くに住んでいるのだから、葬儀費用ぐらい持つのが当然だろう』という非難が自分や母に集中した。母方の親戚中でなぜうちだけが葬儀費用を負担しなければいけないのか、どういう理屈でそういう結論に至るのか、今以って理解できない。父方の伯父が亡くなった際は、父は農協で借金をして葬儀費用を部分的に立て替えたが、20年ぐらい経った今も返してもらっていない。その父も、ここ数年で認知症が進んで、母と自分の二人で面倒を見ている。

行政解剖から従兄弟の遺体が帰った晩。遺体がどこに安置されているのか親戚(前日にうちを訪ねてきた男)に尋ねた。『警察だ』というので、母と一緒に対面するために地元の警察署へ赴いた。霊安室は警察の敷地内の一番奥の別棟にあった。案内してくれた警官が、鉄の扉に掛かった南京錠を開けて中へ入れてくれた。ステンレス製の解剖台のようなものの上に、ドラマでよく見る死体袋のようなものが置かれていた。警官はディスポーザブルのビニール手袋をはめると、死体袋のジッパーを開けた。従兄弟とは、35年以上もまともに顔を合わせていなかった。従兄弟の顔には無精髭が生えていたものの、昔の面影は残していたように思えた。

国立の医学部に通っていた従兄弟は伯母の自慢の息子だったが、放蕩が過ぎて大学をドロップアウトしていた。警察の話では、伯母が亡くなって地元に帰る直前まで、大阪でタクシーの運転手をしていたらしい。(伯母が亡くなったのをきっかけに)従兄弟が実家暮らしを始めたのち、母が時々は覗いていたが、家の中には缶ビールの空き缶が足の踏み場もない状態で散乱し、ひとくちで表現するならば酒浸りの毎日を送っていたようだ。

母方の親戚への葬儀日程などの連絡の役目は自分が請け負った。皆一様に、葬儀への参列に難色を示した。(葬儀当日の朝まで『葬儀に参列してくれないか?』と連絡を取り続けたが)最終的に母方からの参列者は、自分と母との二人のみだった。『警察の霊安室では、まともに◯◯(=従兄弟の名前)の顔を見れなかった』という母のために、葬儀の始まる前に自分が斎場に頼んで棺の扉を開けてもらった。通夜も行われずに、葬儀当日に警察からそのまま斎場まで従兄弟の遺体は運ばれた。永の別れをする時間も、そんなには取れなかった。

葬儀は、従兄弟の父方の親戚が取り仕切った。葬儀が始まる前の親戚同士の顔合わせ中、葬儀費用を持つように言ってきた男に『昨日の晩、母と警察に行ってきました』と告げると、一瞬驚いた顔をして、その後うつむいて無言になった。どうやら、こちらが解剖後の遺体を警察へ確認しに行くとは想像すらしていなかったらしい。香典も受け付けない簡素な葬儀ということで、従兄弟の集落から招ばれた住職に『読経は短めにお願いします』と、斎場の人間が打ち合わせの席で耳打ちしていた。

葬儀後の檀家の集まりで、従兄弟の家は檀家から外されることになった。従兄弟のお骨は、今も納骨されずに従兄弟の家にある。現在、従兄弟の家は、従兄弟の父方の親戚が管理している。

母は、再三再四、伯母が存命中に『自分の終活を真剣に考えて』と訴えていた。伯母が亡くなった際、従兄弟は香典の表書きも知らなかった。『人付き合いというものを全く経験しなかった人間というのはこういうものか』と、母と話した。

実は、伯母が亡くなった際も、今回と同様に葬儀費用の負担を迫られたことがあった。従兄弟がいつまで経っても斎場に支払わないため、ほとほと困った運営会社が母に連絡をして来たのだ。もちろん、母は『なぜ、うちに支払いの義務があるのか』と抗議し、即座に断った。

 

つい先日のこと。大阪の某市役所から封書が母宛に届いた。

封書を最初に受け取った母にしても、市役所がどういう目的で送ってきたものか最初はわからなかった。そこには、昨年の三月に叔父(母の弟)がすでに亡くなっていて、叔父には市民税の滞納があるという旨が書いてあった。叔父が亡くなったことすら知らなかった母は衝撃を受けていた。

(市役所から届いた封書の内容によれば)叔父の死後に残された妻や子供は遺産相続を放棄していた。自動的に姉である母が叔父の遺産相続の筆頭の候補に上がってしまった。そこで、(叔父が滞納している市民税の回収が困難になった)市役所がうちへ知らせてきたのだ。母が実家へ電話したところ、実家の跡をとる従兄弟の嫁が出て『亡くなったということなら、うちへ(叔父の家族から)知らせがあるはず。うちの旦那は何も聞いていない』という返事だった。

叔父は、単身赴任を繰り返すうちに妻との関係が悪化し、すでに離婚していた。二人いる子供のうちの長男は結婚してすでに独立、長女は妻が引き取っていた。叔父に生活が困窮するに至る原因があったとすれば、(想像でしかないが)離婚時に支払った慰謝料とその後の養育費ではないだろうか。母が叔父から聞いていた話では『(離婚後も)息子夫婦が時々訪ねてきてくれている』ということだったが、それならば、母の実家へ亡くなったという知らせぐらいは(叔父の家族の誰かが)寄越してくれればいいものをと思った。

後日、叔父が住んでいた市の市民税課へ電話をした。向こうの担当者の話では『(母が叔父の市民税を払いたくなければ)相続放棄の手続き*3をしてください』という返事だった。

市役所に電話したあと、地元の家庭裁判所相続放棄の手続きについて問い合わせてみた。相続放棄するには、故人の戸籍謄本を入手する必要がある。これが市役所によっての対応がまちまちで、場合によっては相当難航するらしい。裁判所のあとは、世話になっている法律事務所へ連絡。叔父の相続放棄の手続きを仕事として依頼した。今年も二ヶ月足らずで終わろうというのに、面倒臭いことに巻き込まれたものだ。

 

母方の親戚の中では、従兄弟の死に際してのうちの行動(実質的には俺の判断について)に関して今も批判が続いている。(納骨を含めた)永代供養一つとってみても、母が存命中はいいとして、俺自身はとても引き受けられない。関わることはできない。田舎の人間のメンタリティが押し並べてこういうものなのか、自分の親戚だけがこうした考えなのかはよくわからない。だいたい、どんな理由があったにしろ、葬儀にも参列しなかった連中にとやかく言われたくはない。

記録を遡れば、江戸時代の中頃から続くうちの家も、おそらくは俺の代で家系としては絶える。もう、自分の人生の折り返しはとうに過ぎてしまった。弟妹に迷惑がかからないよう、しばらく前から家のことも含めた自分自身の終活の準備を始めている。

 

 

*1:死因が特定できない場合に行われるもの。他殺などの犯罪性が疑われる場合は、司法解剖ということになる。

*2:亡くなった従兄弟は、幼い頃に父を亡くし、以後ずっと母子家庭だった。うちに訪ねて来た男は、従兄弟の亡父の実家を継いでいる。

*3:法律上、亡くなった事実を知ってから3ヶ月以内に裁判所で手続きをしなければならない。また、不憫に思ってうっかり市民税を払ってしまうと『相続を認めた』ということになる。今回のように相続放棄の意思がある場合、役所から送られてくる督促の知らせなどは一切無視しなければならない。