紅旗征戎吾ガ事ニ非ズ

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実は、そう嘘でもない話やねんな……

 小ネタとして、前に一度記事にした覚えがあるけど…たぶん内容的に伝わってないとおもう (^ω^)

 

亡くなった父方の祖父は、明治生まれで、◯太郎という。その名前を現代の人間が耳にしたとしても、取り立てて印象に残るようなものでもないと、孫の自分はおもう。

両親が祖父の死後に古い過去帳を調べてみると、祖父と同じ名前の人間が(少なくとも江戸時代の後期ぐらいから)うちの直系の跡取りに多く存在していることがわかった。もう一つ、うちの跡取りには頻出する名前があり、その名前は◯介(或いは助)と言い、時代的に一番現在に近いところで名乗っていた御先祖は、曽祖父であった。

曽祖父と祖父の何れの名前も、その死後は誰も受け継ぐことなく、現在に至っている。祖父は、自分の名前の画数が多いうえに字面が長かったことを気にしていた。それ故、祖父は、愛知で独立していた長男の伯父はもちろんのこと、家を継いだ次男の父を含め、生まれた男子には全て一字名を授けていた。よほど、自分の名前で厭な思いをしたらしい。

祖父が生まれたとき、すでに十人ほどの兄弟が存在したらしい。曽祖父が祖父を伴い、うちがいま暮らしている土地へ初めて足を踏み入れたとき、祖父は、数えで十四の歳になっていたが、祖父以外の兄弟姉妹は全員亡くなっており、子供は祖父一人だった。女と比べて男が育ちにくいと一般的には認知されていた時代*1のなかで、祖父だけが一人生き残った理由があるとすれば、それは紛れもなく、多くの先祖が引き継いできたその名前に宿っている神通力(?)にあると、少なくとも、曽祖父だけは固く信じていたに違いない。何よりも、その由緒のある(?)名前の一方を引き継いで、今まで生き残ってきたのが、曽祖父自身であったのだから。

 

祖父は、長男で生まれたのではなかったと聞いています。曽祖父に至っては、諱(いみな)と字(あざな・通名)を持つような時代に生まれています。何かの災厄*2が自分の身に起きて、最初に名付けされたものを捨て、新しい名前を通名として名乗ることは、俺の時代にも名残りとしてありました。実際に『病弱なのは名前のせいだ』と、小学校に上がる際に、(戸籍名の変更は困難であるので)通名を名乗るようになった同級生が一人いました。

祖父が生まれ育った時代は、栄養や衛生面においての環境が厳しく、最初に長男として生まれた人間が幼くして他界するなどということは、珍しくもなかったでしょう。跡取りと目されていた子供が亡くなり、そのあとに生まれてきた、待望の男子である祖父に、親(もしくは家)の切なる願いを込めて、あの名前を授けられたのではないかと、俺は考えています。

 

 

 

 

*1:“一姫二太郎”が、子供を産む際の理想的な順番とされていた。

*2:汲み取り式の便槽や野壺に落ちるなど。